Mio Fertility Clinic

Fertility Research Centre(通称: LABOX)は2011年に誕生した、当院の研究分野を担っている施設です。当院ではタイムラプスシネマトグラフィー(TLC)装置により、ヒトの受精から初期胚の発育過程における様々な新知見を明らかにしてきました。これらの成果は生殖医療の発展に大きく寄与し、国内外において高い評価を受けています。TLC装置で得られた知見を細胞レベル、もしくは分子レベルにまで落とし込み、詳細に解き明かしていこうとしているのがLABOXです。それ以外にも当院独自の新たな技術や手法を確立し、今後の臨床への応用を目指しています。LABOXでは、免疫蛍光染色やライブセルイメージングなどの手法を用いることで、受精から着床前初期胚の発生過程にともなう様々な現象の解明を目指しています。当院独自の技術確立はもちろんですが、国内外の研究施設とも複数の共同研究を進めており、最先端の知見と技術を取り入れることができる環境が整っています。今後、LABOXから生み出された成果が、生殖補助医療に新たなブレークスルーをもたらし、更なる発展へと繋がるよう研究を進めています。

研究内容

1.非受精卵の解析

顕微授精の場合、卵子内に確実に精子が1個注入されますが、それでも受精が起こらないことがあります。その原因は卵子側、精子側の両要因が考えられ、非常に複雑であることから、原因解明は困難です。しかしながらLABOXでは、その一端を垣間みることが可能です。正常に受精のプロセスが進む場合、卵子内に精子が注入されると、卵子は活性化され、第二減数分裂を再開して第二極体を放出し、雌性前核の形成を開始します。一方、精子の核は膨化し雄性前核を形成します。それと同時に精子頚部に存在している中心小体から、雌性前核に向かって微小管が伸び、精子星状体が形成されます。顕微授精を実施したにも関わらず、受精に至らなかった卵子を解析すると、この一連のプロセスのどこで発生が停止してしまったのかを窺い知ることが出来ます。お示ししている図は、顕微授精後に非受精と判断した卵について、微小管(緑)と中心小体(赤)の免疫蛍光染色を実施した例です。Aは第二減数分裂紡錘体であると考えられ、この卵子では第二極体の放出が不完全であったことが分かります。また、Bは膨化途中の精子頭部であると考えられ、頚部に存在する中心小体(赤)から微小管(緑)が伸びて精子星状体を形成しようとしている様子が確認できます。

2.異常受精卵形成機序の解析

生殖補助医療における受精確認は極めて重要なイベントであり、通常、前核と極体の数的評価により行なわれます。正常受精であれば2個の前核と2個の極体が確認できますが、異常受精の場合には1個、もしくは3個以上の前核が確認されます。このような異常受精卵は、染色体異常(異数性)を有する可能性が高いため、治療からは除外する必要があります。異常受精卵の形成機序は多岐に渡っており、形態学的評価だけでは原因を特定することは困難です。しかし、初期胚発生過程における精子由来DNAと卵子由来DNAのエピジェネティクスな差異により、雌雄の前核を識別することが可能です。また、ヒトの卵子では成熟過程において中心体を消失することが報告されています。さらに、精子によりもたらされた中心体は、前核期には複製を完了して2個になることが分かっています。これらの知見をもとに、異常受精卵が保持している中心体の数から卵子内に侵入した精子数を推測することも可能です。お示ししている図は体外受精由来の3前核卵の解析結果です。Aは顕微鏡下の明視野像、Bはエピジェネティクス解析による前核の識別結果、Cは中心体数の解析です。B、Cの結果から、これらの3前核卵は2精子受精によるものであると判断できます。

また単一前核卵においては、雌雄ゲノムの融合とみられる現象を確認しています。お示ししている図は体外受精由来の単一前核卵の解析結果です。Dは顕微鏡下の明視野像、Eのエピジェネティクス解析では1つの前核の中に雌雄両方のDNAが存在している可能性が示され、Fにおいては前核消失時の紡錘体形成の様子を示していますが、正常受精の場合と同じような2極の紡錘体を形成している様子が確認できます。単一前核卵の中には胚盤胞まで発生するものもあるという報告があり、それらは正常受精と同じ2倍体である可能性が示唆されます。そのような雌雄DNAの融合による単一前核卵の選別法を確立し、将来的には臨床利用へと繋げたいと考えています。

以上の研究成果をまとめた論文は、J Assist Reprod Genetに掲載され(Kai Y et al.)、また2015年アメリカ生殖医学会(ASRM)に投稿した演題は”Honorable Mention for ART Video”を受賞致しました。

3.蛍光、発光タンパク質プローブの開発

ライブセルイメージングとは、細胞内の様々な生体機能を生きたまま可視化する技術です。LABOXでは東京工科大学応用生物学部教授(元 理化学研究所 統合生命医科学研究センター)の松井毅博士との共同研究により、ライブセルイメージングに使用するプローブ開発を行っています。この技術により、初期胚発生過程における複雑な生命現象を明らかにしたいと考えています。ここでは3つの写真をお示しします。左の写真はヒト2細胞期胚のそれぞれの割球を赤と緑に標識した微小管のプローブにより染め分けて、胚盤胞までの発育を観察したものです。発育過程における、それぞれの細胞を示しています。中央の写真はマウス顕微授精卵についてDNAを緑に、核膜を赤く標識して第一卵割までの様子を観察したものです(元 山下湘南夢クリニック 中田研究員との共同研究データ)。顕微授精後に雌雄の前核が形成されていく様子や、前核消失、第一卵割時の染色体分配の様子を示しています。右の写真は顕微授精由来のヒト3前核卵の第一卵割の様子を、DNAを緑に標識し、2個の中心体を白と水色のドットで表して観察したものです(東北医科薬科大学 栗政教授との共同研究データ)。前核消失から第一卵割の間の染色体と中心体を示しています。

メンバー 經遠智一(客員研究員)

設備

  • 1.FV1000共焦点レーザ走査型顕微鏡(Olympus)
  • 2.CV1000共焦点スキャナボックス(YOKOGAWA)
  • 3.LABOXの様子